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58歳の主人と41歳の私がもう一度美容室開業した理由(物語調)・長編

”はしびと”を開業する前、主人は58歳、で私は、41歳になった。開業してからも4か月目に入ったばかり。

40からの手習いとよく聞いたものだが、私の40からの手習いは、やっぱり昔からの夢を捨てることはできないというものだった。

コロナの時期にリスクのあることだと分かっていながら、美容室を始める理由、それはもっと多くの人たちを幸せな思いで満たしてあげることが出来るという確信が私にはあるから。

この世に生を授かってから、18歳になるまでの間、私の人生は「孤独」という文字がお似合いの人生だった。(後の人生で、実は自分は一人じゃなかったことに気付く)

明るい太陽のような温かさのある場所を探し求めていた18歳のあの頃。

今でも心に深くよみがえってくる。

私の人生はどうしてこんなにうまく進まないんだろう。

私って、このままどうなるのかな?

なんて考えていた、もちろん、こうなるまでにいろんな様々な自分の人生を真っ暗にするような出来事が重なっていたわけだが。

今回は、「美容室を開業した理由」についてなるべくシンプルにたどり着きたいので、私が人生で真っ暗だった理由は割愛させていただくとする。

まぁ、それにしても18歳の私には、あまりにも真っ暗な道だった。

そんな私の真っ暗な人生だったが、神様にも見放されてはいなかったようで

18年の時を経て私にも、転機が訪れる。

それが今の主人との出会いだった。

18歳の私には、今の私からは考えられないことだが、心の中に希望や夢、あるいは情熱などといった言葉は存在しないような状態だった。

なんとか、次の美容室で働きたい!という一心で自分の場所を探していた。

どこかに私みたいなのでも雇ってくれるところはないか?その当時の私はまだ、見習いという立場もあって、歩き回って少しでも、かっこいいなと思える美容室を見ると、きっとここはだめだろうな。と

勝手に決めつけて、いろんな美容室の求人情報を見ていた。

そんな、少し焦り気味の私の目に留まった美容室があった。

その美容室のなまえは「Angel」。

後に、私の人生には欠かせないルーツとなっていく、私にとっては過去の光と胸を張って言えるだろう。

私の心の暗闇にやっと灯りがともった瞬間だった。

「次の働く美容室を見つけなくちゃ」と必死になって、やっと見つけた美容室。

まるで、砂漠の中でオアシスを見つけたような気分。

私の頭の中には「Angel」という文字が強く残像としてあっただけだった。

心のどこかに、救いを求めているような心。

今、思い起こせば、美容室の下調べをせずに殆ど、直感で動いていたと思う。

私は「Angel」美容室のドアを勢いよく開けた、そして一番初めに目に入ってきた光景は、お客様の喜んでいる鏡越しの満面の笑顔だった。

今でもその時の心にこみあげてくる、久しぶりの嬉しい感動は忘れはしない。

「いきなり、お客様の笑顔が見れた!」と思って、ものすごくうれしくなって、その鏡越しのお客様を笑顔にした美容師さんの顔も、見てみた。

その時の美容師さんが、今の主人だ。

私は、仕上げのスタイリングをしながら、どんどんお客様が笑顔になっている様子が印象的だったのと、それを行っている美容師さん(今の主人)に尊敬の念を抱いた。まさに、私の「Angel」と出会ってしまった気分。

因みに、この時から現在まで主人に対して「尊敬」の念を切らしたことはない。

当時18歳だった私には、あまりにも天国的なシーンとして脳裏に焼き付いた。

すぐさま私は、「この美容師さんについていこう!」と考えていた。

まだ、面接も何もしていないのに・・・。

今思えば、恥ずかしいお話ですが、その日が面接日ということで行ったのに、面接に必要な履歴書も持たずに行ってしまった。

とにかくがむしゃらに、そこに辿り着きたい一心で向かったのでというと言い訳にも聞こえるが、なぜかその時の私は”履歴書”を持っていくのを忘れていた。なんてことだ。当時の自分に呆れる。

このような感じで、当時の私はなんとか、「Angel」美容室で働くことになった。

後に、主人に

「どうして、履歴書も忘れたような私を雇ってくれたのか?」と聞くと主人は次のように話した。

「まぁ、履歴書を持ってこないっていうのは、ありえなかったけど、美容師の仕事で何が得意なんですか?って聞いたら、お前は、私はシャンプーが好きですって答えたんだよ、だから、じゃぁ雇ってみようと思った」

この答えを聞いて、そうだったんだと。そして、私は確かに今も誰かの頭をシャンプーすることが大好きである。

ここから、私の人生は大波のように、嵐のようにすごいスピードで変化していった。

Angel美容室で働き始めて、毎日、お客様の笑顔を見るようになる。

Angelの前に勤めていた美容室では、あり得ないことだった。たわいもない世間話で盛り上がってお客様の笑顔が見れるのと、その日の髪形に満足してお客様の笑顔が見れること、これは、私にとっては大きな違いだった。

やっぱり美容室には、お客様がわざわざお金を払って綺麗になる為の場所に来るわけだから、髪形に満足して「今回もいいな」ってお客様が思ってそれに対する笑顔が大切と私は昔から考えている。

それが、一番大切な価値。

美容室に来て、お客様の髪形以外のお話で盛り上がるのは、美容師じゃなくてもできる。少なくとも髪型を気に入られて、髪形を素敵に変身させてくれる立派な美容師として深い信頼関係を得てから、世間話に花を咲かせるのはいいと思う。

私は、「Angel」で働いて、当時の主人のお仕事を傍でアシスタントして8年、殆どの人が髪型に満足して帰っていく。私はそんな、お客様方のアシスタントして仕事に入れることが本当に幸せだった。

お客様はアシスタントの私に対して決まって、いつも口にする言葉があった。

「先生のカットじゃなきゃダメなのよね」

「先生のカットは持ちがいいのよ」

「先生のカットで結構、褒められるのよ」

この3つの誉め言葉は、毎日の聞いていたものだ。

こんな言葉って、そんなに聞ける言葉じゃないことを私は知っている。

女性が口に出して褒める時、その言葉が本当かどうかはその時の状況や表情を見ていれば分かる。

当時の師匠の元を離れて、他の美容室を転々としたときにそのことに気付いた。

そして誰一人として、毎日、お客様にカット技術を褒められるような美容師さんはいなかった。

お客様は髪形が本当に美しくなって嬉しくなると、とっても可愛い笑顔を見せてくれる、これは、長年の美容師歴で分かっていることだ。

世間話が楽しかった笑顔と、髪形を見て気に入ったときの笑顔は違う。

アシスタント時代は、美容師のお仕事をまだ覚えていく段階なので、色んな失敗もありつつの職場になるわけだが、お客様の「やっぱり先生のカットはいいよね」という言葉を聞くだけで、何かお仕事の失敗で落ち込むようなことがあっても、救われていた。お客様の笑顔が何よりもの私の前に進むための活力になっていた。

現在の主人の元で、過去8年間アシスタントをさせて頂いていたわけだが、その貴重な8年間を得て思う私が思う主人のカットは、まさに美しいと心から思える。そう思える理由は、見た目は勿論なのだが、その人の髪形を考える時の考え方が独特で、目の前の人をしっかり見て、創っていく。

前髪は?横髪は?

頭頂部はどうなってる?

襟足は?

最初に、その人の頭を見て、髪質や毛流、を観察して、その人のデータをインプットしていく。

更には、その人のつむじの流れやパーツごとの毛流れ、生活環境など。

ここまでするの⁉っていうぐらい、細かく観察して、そしてその人だけに似合うスタイルを決定する。

普通は、ここまでのカウンセリングはない。これは、お客様に対しての興味がある証拠だ。

そして、主人の頭の中にインプットされた情報がいい具合に組み立てられていく。

そのデータをもとに、鋏が自動的のように自然に動いていく。

アシスタントの私から見れば、話しながらでも笑いながらでも、結構美しいスタイルに仕上げていく様は、本当に美しいと思う。

こうやって思うことが出来るのは、私が8年間みっちりアシスタントを経験したことがあるから。

「この人のように、お客様をカットによって喜ばせるような美容師になりたい」

「私も師匠のようにカットがうまくなりたい」

このような思いが止まらなかった。

特に主人は、その人の横顔、後ろ姿にこだわる。それは、私が初めて主人と出会った時から変わっていない部分。よく、いいものは何年たっても変わらないというが、主人のカットで言うと何年も前からこだわりの「横顔、後ろ姿を美しく見せるというカット」がいい部分でこれは20年以上たった今も変わない普遍的なものと言える。

この考えのもとになっているのが、私の認識で言うと、

人が人を見ていい髪型だなって思うときは、主人曰く、大体が前から見てではなく横からや後ろから見たときだという。

お客様が「あなた、良い髪型してるわね」と言われたらうれしいことの一つになるだろうし、自分にも自信がついて笑顔の時間が増えるらしい。

だから、お客様の横顔を素敵に魅せること、後ろ姿も素的に魅せることは、生活の中で周りの人に良い印象で見られるためともいえる。(お客様に幸せになってほしい)

私は、そんなこだわりのある主人のカットが大好きだ。主人にカットしてもらってワンランク上の笑顔になって、だんだんと綺麗になっていく人達を見ることが私の一番の幸せなこと。

私の美容師人生で、8年間、主人のアシスタント時代を過ごせたことを今でも誇りに思う。

私の人生で、アシスタントとしての修行時間に垣間見えていたカットは、何よりもの宝物。

人生に輝きを加えていく人たちの笑顔を見れていたのだから。

ここでこれを読んでいる方々に報告をし忘れていたがある。お客様だけでなく私自身も主人から行っていただいたカットで人生に輝きを得たうちの一人で、私の髪質は強いくせ毛で大きな心の悩みの原因の一つになっていた。このくせ毛が原因で小学校の時は軽いいじめもあった。

この自分のくせ毛で良かったと思えることは、主人のカット失くしてはあり得なかっただろう。カットで、自分のコンプレックスを魅力に変えることが出来た。

今は、自分の強いくせ毛を通じて親への感謝も自分への愛情もしっかりとある、自分に変わることが出来た。

18歳でAngelに入社、8年間アシスタント、ジュニアスタイリストまでなってご新規様を担当させていただくようになった矢先、ある事情があり私はその場所を去った。

私は普通にサラリーマンの方と結婚して、6年間で離婚に至った。サラリーマンからすると美容師の遅くまでのお仕事への不満も理解できなかったようだ。

価値観の不一致で離婚成立。

その間も、様々な美容室を転々としていたが、やっぱり、どこに行ってもお客様の満面の笑みを見ることはなくなった。人生の鮮やかないろどりが色あせていく瞬間だ。

カットが違いすぎる、私が学ばせてもらったカットと違いすぎる、いったい誰のためにカットしているのか?という仕上がりだ、私の日々はため息色の人生に早変わりした。入社する美容室の人たちはみんな性格がいい、だから人間関係は良好、だけど、カットによって人生を変えていく人たちを見ていた私にとっては、そこは墓場のようなものだった。

その間も、お客様がカットによって髪型に満足して心に輝きを得るようなシーンを見ることはなかったので、ある意味、私も働いてお客様に笑顔を振るまっていても心の中は空っぽだ。

空っぽだけど、やっぱりAngel時代の師匠のカットが忘れられない思いは、小さい種火として私の心に残っていた。

いつか、もう一度、師匠と一緒に美容室やりたい、

もしも許されるのであれば、いつかもう一度、師匠と美容室をオープンして多くのお客様をワンランク上の笑顔でいっぱいにして多くのお客様の人生に「幸せ」という色を与えることが出来たら、そんな毎日の人生が送ることが出来たら、どんなに私も幸せだろう、神様、私の声を聴いていたらどうかお願いします!私の願いを叶えるようなお導きをお願いします。

と、心の中でよく祈って、

今思えば師匠と離れている時間があったから、私はその時間のおかげで、そのようなことを願うようになったのだ。師匠のカットで多くの人々をカットで幸せにする場所をくださいって。

師匠と離れる時間がなければ、離れて自分が願うことがなければ、今の「はしびと」は存在しなかっただろう。

2020年12月1日に山中湖畔にて「はしびと」という美容室のなまえで、開業する運びとなった。

既にコロナの話題で盛り上がっていた時期だったが、そんなことは私には関係なかった。

主人ともう一度、美容室を開業できるチャンスが訪れたということだ。

このチャンスを私は生かすか?つぶすか?

コロナの問題もあるが、これは試しではないのか?

もしも美容室を開いてみたとして、主人のカットで喜ぶ人がどれだけいるのか?みてみたい。

”主人のカットで私の人生は自分を受け入れて自分を愛するという輝きを与えられた、だからきっと、私のように人生に輝きを与えられる人がたくさんいるはずだ”という一見、エゴにも聞こえるような私の長年の願いが強烈にこみあげてきた。

そして何年か前に抱いた強い願いが再び再燃したのだ。

そうして、現在、4か月目を迎え、本日の日にちは2021年3月11日。

最近、主人とよく話すことは、「ほんとにお店開いてよかったよね」ということだ。

主人の口からも、そんな言葉を聞けることがうれしい。

開業してからたったの4か月足らずで、どれだけの人に、「こんな美容室がないかなって探してた^^」「カットが全然違うわ、すっごく気に入ってるよ^^」と顔を合わせて言われたことか。美容師冥利に尽きる。

おひとり、おひとり、大切に扱っていくことで、お客様の幸せの度合いを確認していく。

12月1日にオープンして、リピーターやリピーターさんのご紹介で来られる方も増えている。

毎朝の願いとして、「今日も”はしびと”で出会う人、おひとり、おひとりを私たちの美容師という技術によって幸せにすることが出来ますように」という願い。

18歳から26歳の私が見ていた師匠(現在の主人)のカットと41歳の私が見ている主人(当時の師匠)のカット、今のほうが上手に見える。

主人も年を取って、途中、色々あったけど人生経験が豊富になってカットの技術に丁寧さが加わって、お客様に対する接し方も落ち着いている。カットの速さは以前から早かったが、丁寧さがプラスされ、センスの面でも良くなっているような。

41歳の私だから、そう思うのか?

それとも自分の若い頃の想いを強く思い込んでいるだけなのか?

どちらにしても、12月1日から営業を続けてきて、何かしら「ここに美容室を出してくれてありがとう」と言われることも多いので、きっと、開業してよかったのだろうと思う。

そうだ、開業してよかったかどうかは、”はしびと”に来られたお客様が決めることで私たちではない。

未来にはどんな”はしびと”があるのか、ある意味、楽しみでもある。

誰しも諦めきれない夢や今からやってみたいなって思ってることを心の中に秘めているものがある人もいると思う。

そんな人がもし、この文章を読んでいたら、あなたの心の中に長年眠っていた熱意のかけらに火をつけてみて頂きたいと思う。

そのことによって、どれだけの多くの人に幸せになっていただけるかを考えたら、チャンスを掴まずにはいられなくなるだろう。

その時に大切なことは、「勇気」を出して自分を奮い立たせることだ。

これをもって、山中湖畔になぜ、美容室を開業したのか?という理由についての作文のような拙い一冊の心からの報告を終わりとする。

※この著書は、橋坂佳奈が書いたものだ。当時師匠だった現在の主人は私ほど自分の技術に自信があったわけではない。主人が行うカットによってどれだけの人が人生をも明るくすることになったのか?客観的に見てきた私だからこそ自信を持って言えることである。

本当に才能がある人ほど100%の満足感は得られないようだ。私が出会ってきた才能のある人たち程、周りから見れば「すごい人だ」と感じていても本人は「もっと良くなるはずだ、もっと極められるはずだ」と信じられないほどの向上心を持っている。

これは私の推測だが、私の主人は自分の行うカットに永遠に100%満足することはないだろう。そして、これからも主人の上達していくカット技術に期待を込めて。

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